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奇跡。
 去年の今日、祖母(母方)が脳出血で倒れた。

微妙に病院たらい回しされて受け入れてもらった時には担当医が
「手術しても無理ですけどどうしますか?」って言いやがった。
一緒に住んでたおじさん(母の兄)はそれでも手術をしてもらった。
当たり前だよね、できる事しないで諦めるとか無理だよ。
無理だって言った医者も多分精一杯の事はしてくれたんだと思う。
手術後、最善を尽くした事とおそらく一瞬寿命を延ばした程度だと執刀医は話した。

俺も周りも全員が覚悟をした。
そしてその覚悟と同時に悔しくて悲しくて涙があふれ出た。
俺は祖母がとても好きだった。一緒に住んではいなかったが遊びに行くと
いつもとても優しくいつでも笑顔でホントに癒され続けてきた。
18を過ぎ、距離もあるせいで当たり前のように合う回数は極端に減り…
最後に会ったのは20の時に成人スーツ姿を見せに言った時が最後だった。

俺は後悔してた。
全く会いに行ってなかった自分に激しく後悔した。
母からはよく俺の顔が見たいって話をしてるっていう話は何時も聞いていたし
それで祖母が元気だと知れてる事で満足してた。
でも凄く悔しくなったんだよね、今更過ぎるんだけどさ。
俺のこんな糞みたいな寿命でよければ奪って祖母に足してくれとも思った。

術後間もない状態だけど面会がOKの合図が出た。
もしかしたら最後になるかもしれないって事で5人づつ面会をする。
面会といっても術後で眠ってる祖母に声をかけるという感じ。
一方的にだが、息をしてる祖母と話せるのはコレで最後かもしれない。
つまりはそういうことだ。

俺は家族5人ちょうどのグループ。
術後の管理下直結の部屋に入り、ベッドの前に行く。
ベッドで寝てる祖母は信じられないほどに小さく弱弱しくなっていた。
ずっと会ってなかった自分の中での祖母とはかけ離れた姿だった。
俺は色んな思いが巡りすぎて直視できないほどになっていた。

まずは娘である母が声をかける。
直の娘だ、悲しいに決まってる。なのに気丈に振る舞い優しく声をかける。
そこから父、妹、祖母(父方)と順々に声をかけていく。
そして俺の番。……俺はね、無理だった。
足が動かない。寝ている祖母の横までいけない。
現実を直視できないのかなんなのか涙だけが溢れ続ける。
いや、人生で一番泣いていたかも知れない。親戚一同ひいてたかもね。
情けねぇ…妹でさえ薄く涙を見せながらも声をかけてたって言うのに。
やっとの思いで足を動かし前に出た。
しかし、一歩一歩進むごとに涙の量が増え頭が真っ白になっていく。

結局俺は声をかけることはできなかった。
最後を言う現実を認められなかった。
覚悟はできたというのは頭で思っただけで、他の全ては拒否していたんだ。

その日はそれで終わった。何も考えられずに家路についた。

次の日、残った母から連絡があった。
内容は喪服の準備をしとくという事と眠っている祖母だが
唯一俺と妹の名前にだけ反応するらしい。

どんだけ泣かせるんだと…そして俺は決意した。

あと数日の命的な事を言われてたし、みんながお見舞い行く中俺は行かなかった。
俺が会いに行ったら死んでしまう気がした。
何を言ってるんだって話だが本当にそう思ったんだ。
だから俺は行かなかった。

一週間後…。
なんつーか命に関しては大丈夫っぽいっていう連絡がはいった。
マジ奇跡、意識も取り戻したらしい。
正直脳にダメージを相当受けた為、母の事も微妙に分かってない状態らしい。
それでも生きているって事が嬉しすぎた。医者から見てもホントに奇跡みたい。
俺の思い込み暴挙願掛けも少しはきいたのかもしれないね。

更に一週間後…。
俺はこっそりお見舞いに行った。
その時祖母は眠っていたけど関係なかった。
とりあえず手を握って話しまくって帰った。まぁ泣いたけどね、寝てるしOKだね。

そして今日…。
祖母は元気に生きてる。
完全に記憶を取り戻したわけではないが外泊で家に数日帰ったらしい。
そこで開いたアルバムを見て一人一人認識して思い出を話したり…
また奇跡起きてるし…凄すぎるよ。

また施設に戻ると刺激がなくて多少つじつまあわなくなるみたいだけどw

俺に次会うまでは生きててもらいたい。
だからしばらく会いには行かないんだ(懲りない。





ぐだぐだに徒然に…もしかしたら一周忌だったかもしれない今日に記す。





Alive | 12:09 | comments(0) | -| - |